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3月8日は国際女性デーらしい

昼休み、なにげにニュースをザッピングしていたらこちらの記事が目にはいっきてた。

50歳で始めた女性装、転機に 東大教授の安冨歩さん:朝日新聞デジタル

幸福とは手に入れるものではなく感じるもの。という価値観や日本の男女差別が根強いという意見に同調した。

 

私は現在とっくに結婚も出産もしていていい年齢なのだが、どちらもしていない。

かといって社会的地位があるわけでもなければ、お金があるわけでもない。

 

しかし今の自分がけっして自分が不幸だとは思っていない。

生活できる程度に収入はあり、休みの日は趣味を楽しむことができ、付き合いも最低限しかしないので、煩わしい人間関係もない。

 

でも学歴や収入、社会的地位そして結婚や家庭を重視したりする普通の人たちからみたらそうではないのかもしれない。

実際そういった価値観の多い親類も多く、会ったとき色々聞かれるのが面倒で距離を置くようになった。

 

今の生活が幸せだな、自然だなと至るまでには色々あったのだが今回は性別差にしぼって記す。

 

二十代で会社勤めをはじめたとき、私は社会に男女差別が根強く残ってることなど知らなかった。

 

はじめて勤めた会社ではセクハラもあったがそれは笑ってやり過ごした。

だが「女性だからこっちのほうが向いてるでしょ」とかよくわからない理屈で誰もやりたがらない別担当にまわされたり、この企画面白くないからと「若い女性が企画しました」と自己PRを付けて全面にだせばやってもいいよ。と言われた。

当時とてもくやしかった。

私の能力が足りなかったことも付け入られたのだと思う。だがそれを「女性だから」という括りでまとめられたことが納得いかなかった。

退職する時には女性蔑視の発言をされた。

その言葉は今でも私は忘れられない。

だがこの会社に勤めたことで、私は嫌になるほど社会は女性にとって生き難いのだと実感した。

 

どこで聞いた話しかは忘れたが、能力に差がない男女がいたとして、どちらかを出世させる場合、男性をさせることが多いそうな。

理由は定かではないが、想像はできる。

上司が男性であれば、同じ男性のほうが気が楽だし、仕事しやすい。また女性は妊娠出産等で仕事の途中離脱がある可能性がある。体力的な面もあるかもしれない。その辺の理由だと思う。

私はそれを体感した。

 

男性と話していると、時折口にだす言葉の端々に「男女差別」を感じることがある。

もちろん男性は普段はそんな態度もださない、表面上は男女平等を取り繕ってる。だがたまにぽろっと出る言葉に、根本はこういう考え方なんだろうなあと感じてしまう。

 

二十歳くらいの男性と話した時に、「女性はいつかは専業主婦希望の人多いんでしょ」とか、「女性が社会で働く役目ってなに?」と言われたことがある。

前者はどこのだれの意見なのだ?と思った。少なくともたまたまかもしれないけど、そんな希望者私のまわりにはほとんどいなかった。もしかしたら彼のまわりはそういう女性が多いのかもしれない。専業主婦が悪いわけではなく、社会で働き続けたいと思っている女性も数多くいるという認識が薄いのだ。

後者にいたっては単純に社会経験がない人だったんだと思うが、それでも世の中は男の人が働くものという価値観で凝り固まっていたということだ。

 

男女平等という考え方が以前より進んでるとはいえ、二十歳くらいの人でも未だにこういった価値観が残っている。

それは恐らく親世代がそういう考え方だからなのだろう。

 女性が働きやすくなる社会には、まだまだ遠いと思う。

昔、私は社会のそういった価値観に対して憤っていた。今でも変わらないがストレートにその感情をだすことはなくなった。

何故なら社会は、そう簡単には変わらない。

ただ憤ってもストレスになるだけだからだ。

だから私はそういった社会を少しずつ受け入れながら、現状働き方を模索している最中である。

半分諦めにも近いが、世の中にそういった女性は多いのではないだろうか。

 

「主人」や「嫁」という言葉は賞味期限 川上未映子さん:朝日新聞デジタル

 

こちらの記事をみて、子供のころから「男女」の英才教育ははじまっているのだな、と思った。

まだまだ先は長そうだ。

 

最後にこれだけは記しておきたい。

男女差別はすぐになくならないと思うし、男性が女性を、女性が男性を差別することは色んな場面である。

価値観はすぐには変われない。

だから男女の差関係なく、自分の出来ないことをやっている人には「尊敬する」ということをして欲しい。

それは人間の感情を、満たしてくれるのだから。